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◆『信濃のキリシタン』長野カトリック教会◆

C.R.Boxer著『The Christian Century in Japan』によれば、1549〜1650年間、信濃国では高遠・上田・松代がキリシタンの中心地だった。
元和六年(1620)イエズス会フェルナンデス神父が越後へ向かう途中に沼田に立ち寄って布教。領主真田信之はキリシタンを余り心に留めていなかったらしく、布教を放置していた。
島原乱後(正保以降)、松代にはキリシタン収容所があった。一時改宗はしたが、未だ充分安心できないと思われるキリシタンとその家族を内に閉じ込め、収容所に属す耕地で働かせ外部との交渉を絶ち自給自足の生活をさせていた。現清須町辺りにあった「お裏(?)屋敷」がそれか?
1630年以降は不明だが、松代にキリシタンが多かったのは神父間でも有名だったようだ。

こんな本まで調べてたのか自分・・・(呆)。信之兄上が放置かましたというところがポイントか。
そういえば、松代の大林寺にはキリシタンのお墓があった。収容所が近くにあってなと、じいちゃんも説明してくれた・・・ような・・・(すいません折角御案内して頂いたのに記憶が・・・)
ふーん。こういう事がベースにあったんですね。
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真田氏と武田家臣団が好きで、資料まとめと史跡巡りをしています

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