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片葉の葦

健康保険証を捜索しているときの副産物で、またしてもわんさかメモが出てきました。
三国志のメモとかまで出てきたのに、保険証が見つからないなんて・・・。

■藤吉郎鎌研池
浜名郡の芳川村に上頭陀寺という寺あり。近くに「藤吉郎鎌研池」がある。昔秀吉が松下嘉平治に仕えたとき、この池で鎌を研ぎ、切れ味を試すために葦の葉を切ったという
(日本伝説体系第7巻)

■勝頼無念
勝頼本陣になった医王寺の参道脇にある阿弥陀池に茂る葦は片葉である。これには伝説が2つあって、1つは家臣が刀を振り回したので葦の葉が切れ、片葉になったというもの。
もう1つは、勝頼が出陣という時、池のほとりの葦を眺めながら、明日の闘いに勝てばこの葦に扶持をやろうと言った。その夜、葦の精が勝頼の夢に現れて、闘いを強行すれば、片腕ともいうべき家臣を失うと告げる。勝頼は出陣の朝池の葦に向かって、今日の戦でわしを助けねばお前達の一族もひどい目にあわせるぞと刀を振るって嚇した。勝頼は大敗し多くの家臣を失うが、阿弥陀池の葦も片葉になってしまった。
(日本伝説体系7 愛知県西設楽郡鳳来町)

■頼朝
建久四年(1193)頼朝が三原野狩りのおり。白根明神の下で硫黄の臭いがするところがあり、この地の住人細野(または望月)御殿之助幸久にそこの葦を刈らせ池を彫らせて入浴したのが御座の湯。のち源氏にちなんで白旗の湯と改めた。傍らに頼朝が腰をかけた石があり、小祠を白旗の宮という。幸久が葦を刈るとき片葉が残ったので、のち御座の湯近くには片葉の葦だけが生えるという。頼朝は幸久の功を賞し、草津の地と湯本の姓を賜った。六合村の湯本家はこの子孫で、定紋は片葉の葦と三日月の鎌を配したものである。葦を刈った鎌、入浴の日が八月三日で三日月の夜であったからだという。
(上州の伝説 日本の伝説27 群馬県吾妻郡)
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真田氏と武田家臣団が好きで、資料まとめと史跡巡りをしています

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